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とあるクリエイターの1日

午後12時7分

ランチを食べようと外に出て、近道になる公園の中を歩き出したところで、iPhoneが鳴った。表示を見ると、「小熊岩男」。音楽プロデューサーの小熊さんだ。午前中にMr. カイトと打ち合わせだからと、朝までにMr. カイトの新しいアルバムのジャケットデザインを送った。わざわざ電話がかかってくるということは、と悪い予感を覚えながら電話に出ると、案の定だ。

「JoJo、すまない、Mr. カイトからNGが出た」

開口一番、前置きもなくダメ出し。とはいえ、遠回しに長々話されて結局ダメ出しだとわかるよりよっぽどいい。こういう時は気を取り直して、まずは情報収集をしなければ。長くなりそうだから、ベンチに座る。かばんからiPadを取り出して「Adobe Creative Cloud」に保存した、アルバムのデザイン案のファイルを開く。

「Adobe Creative Cloud」を使えば、「Creative Cloud アカウント」に保存されているすべてのファイルおよびフォルダーにアクセスできる。ファイルを共有しているメンバーからのコメントも、どこにいても確認できて、制作の場所を選ばない。

「そうなんですね。残念です。それで、カイトさんからNGが出たのはどの辺ですか。全体的にダメでしたか」

「いや、全体的というわけではないんだけど、全体にかかわる部分ではある。NGが出たのは海なんだよ。あれは、彼の好きな瀬戸内海の海を思い出すんだって。彼が求めているのはどこでもない夜明けの海だそうなんだ」

目の前のファイルを見ながら、Mr. カイトの言っていることを理解しようとする。小熊さんが説明を続けている。

「海の色も波の形も、現実的過ぎるのかもしれない。少し薄暗い、みたいなことも言っていたな。彼の今回のアルバム、君にも何曲か聞いてもらったけれど、少し暗さがあると思うんだよね。そこからの再出発のようなものが、彼の現状と相まって一つの傑作に仕上がっていると思うんだけど、実際、夜明けの海ということはまだ暗いわけで、明るくしてしまったら、それはもう夜が明けてしまったことになるんじゃないか、と。それは彼にも言ったんだけど、何分これじゃあ、具体的過ぎるって」

小熊さんが手書きでコメントを残してくれたのも、自動で手元のファイルに反映される。電話で話しながら、具体的にファイル上でコメント入れてもらえると、わかりやすい。

聞きながら海の写真を探す。なぜ彼はそう感じたのだろう。いくつもの海の景色が画面に並ぶ。とりあえず海の色を変えるとしたら、上に重ねているイラストの色味も調整しなければいけない。「Adobe Illustrator」でイラストのファイルを開いて、横に海の写真を並べる。iPadのSplit Viewはこういう時、便利だ。海に合わせてイラストを調整するのは、時間は必要だけど何とかなる。まずは全体的な方向性としてどこに向かうかを決めないと。

iPadのSplit Viewで「Adobe Creative Cloud」に保存してある海の素材写真と、「Adobe Illustrator」のファイルを並べて、デザインの方向性を考える。

「JoJo、重ねてで悪いんだけど、これ今日中に修正して送ってもらえないかな。Mr. カイト、今日の夜から自宅スタジオにこもり始めるんだよ。君も知ってる通り、そうなると2週間は誰も彼と話せなくなる。とはいえデザインの入稿は今週中までしか引っ張れないから、どうしても今日中にOKをもらわないといけないんだ」

みぞおちの辺りに、ずしっと重たいものを感じる。

「今日の夜まで、ですか」

「いや、できればもうちょっと早く、夕方までに一度見せてもらえたりしないかな。18時にはもう一度彼のところに行って、こもる前の打ち合わせをさせてもらう約束は取り付けてある」

こういう時に、交渉の余地がないことは経験上よくわかっている。

「わかりました。それで、海が具体的過ぎる、以外にほかに何か要望とかありましたか」

「ありがとう、助かるよ」小熊さんの声に安堵の色がにじみ、声に落ち着きが戻る。

「ほかに要望とかは特になかったな。でも海の色を変えるとなると、全体的な修正になってしまうよね。描かれているそれぞれのモチーフとか、全体の構成とかはNOではなかったよ。とにかく海を、もっとどこにもないような、観念的な海として表現したいのだと思う。想像力、みたいなのも今回のテーマだし」

「Adobe Illustrator」はiPadで使用できます。

午後12時16分

どこにもない観念的な海を考えながら、公園の出口に向かう。Mr. カイトはすばらしいアーティストだ。彼はアルバムを出す度に、新しい音を生み出す。今回のアルバムは特に彼の思い入れが強いことは小熊さんから聞いていて、そのデザイナーに指名してくれたのは正直うれしかった。

歩きながら「Adobe Capture」で公園の木や花、空、池の水面の写真を撮る。それぞれの色を検出してくれる。色彩採取だ。なんとなく気になる色を撮り終えて、公園を出てすぐのところにあるパスタ屋に入った。

「Adobe Capture」で公園の花の色を採取する。

午後12時45分

テラス席でパスタが来るのを待っている間、小熊さんからの断片的なヒントのようなものを思い出しながら、「Adobe Photoshop」を開いて、海の色を変えていく。検索して出てきた瀬戸内海、北海、エーゲ海、など世界中の海は、確かにそう言われると、どれもみな海の色も波のしぶきの様子も違うことに気づく。店員さんが持ってきてくれたカフェラテの氷に、光があたって幾重にも虹彩が伸びている。

「Adobe Photoshop」で海の色を調整する。

Mr. カイトの求める海はどんな海なのだろう。ふと、小熊さんが言っていた言葉が気になり出す。「今回のアルバムのタイトルって何ですか?」とメッセージを彼に送る。

DAWN(夜明け)

その文字を見て、一気にインスピレーションが沸く。どこにもない夜明け、まだ誰も見たことのない夜明け。思いついたイメージの色を、「Adobe Photoshop」で再現する。海の色が固まったら、次はイラストを「Adobe Illustrator」で修正する。描くごとに、あるべき姿へと近づいていっているような気持ちになる。

ベクターグラフィックの色とグラデーションを調整する。グラデーションも簡単に指定できて、使いやすい。

完成した修正データを、「Adobe Creative Cloud」の共有ファイルとしてアップして、小熊さんにメッセージを送った。だいぶ冷めてしまったパスタを胃のふに収めて、穏やかな気持ちになる。戦い終えたように溶けたアイスカフェオレに代わって、コーヒーが届いた。コーヒーはいつもおいしい。

「Adobe Photoshop」はiPadで使用できます。

この物語はフィクションです。登場する人物や団体は架空のもので、実在の人物や団体とは一切関係ありません。紹介しているAppやiPhoneとiPadは実在するもので、Appの機能は実際にダウンロードして使用できます。