時よ止まれ
信じられないほど美しい景色に出会った時、大事な人とそこで共に過ごしていることが奇跡のように思われる時、思わず「時よ、止まれ」と願う。そんな素晴らしい瞬間が人生にはあります。
ファウストが永遠を願ったのと同じ19世紀、人類は写真という技術を手に入れました。それは記録し、記憶をとどめ、やがてそれらを世界と共有する手段となりました。移りゆく時の中で刹那訪れる、美しい瞬間を写真におさめるには、どのような撮り方をすればよいのでしょうか。
写真家の宮瀬浩一さんと一緒に、夜明けの光を写す旅に出発しましょう。
夜明けを待つ2日間
新しい一日の始まりの光を写すため、私たちは山の麓の湖で2日間の撮影を行うことにしました。
湖畔に着いた宮瀬さんは、撮影場所を探すため、「サン・サーベイヤー」を空にかざします。太陽や月の動きを、AR(拡張現実)機能を使って実際の景色に重ねてくれるAppを使って、夜明けの光がどちらから昇るのかと、時間ごとの通り道を確かめます。
場所が決まり、三脚にiPhoneを設置します。宮瀬さんは、iPhoneを撮影用のメインカメラとして使っています。
アートディレクターから写真家へ
写真家になる以前、宮瀬さんは広告代理店でアートディレクターとして活躍していました。
「アートディレクターとして数十年働きました。最後の方は、役員としてマネジメントをしながら、現場の仕事も見ていました。ある時に家族が病気になって生活バランスが変わり、自分も体調を崩してしまった。住む場所を変えて、そこで写真を撮り始めたら、はまってしまいました」
Instagramで @koichi1717 として投稿した写真を見て、世界中からオファーが届くようになりました。写真は宮瀬さんに、第2のキャリアの始まりをもたらしました。
縦長フォーマットの時代
アートディレクターとして長年デザインの制作に携わった経験は、写真の撮り方にも影響していると言います。
「ソーシャルネットワークが登場して、写真に新しいフォーマットが加わりました。それまでは横長の画角が主流だったのが、正方形に近い縦長のものが増えました。撮影の時点から、投稿する時のフォーマットを意識します。カメラの技術や画質よりも、構図や風景の印象を形にすることをより意識していますね」
美しい構図の作り方
撮影時には、どのようなことに留意しているのでしょうか。
「水平や垂直にこだわって撮ります。水平のラインが傾くと、絵としてかっこ悪くなるので。『ProCam 6』でディスプレイにグリッドラインを表示して、垂直水平を確認しながら撮ります。ズーム機能は使わず、トリミングもできるだけしたくないので、入れたくないものを外すために、自分が被写体に近づくようにしています」
美しい構図を見つけるコツはあるのでしょうか。
「シンメトリーや黄金比の構図は、世界中で好きな人が多いと言われます。正面から線対称に撮るときれいに撮れます。『ProCam 6』は黄金比の構図で撮るガイドラインを出すこともできます。視点を誘導するリーディングラインを写真に入れる時は、あえてラインの始まる場所に接近して撮ると、大胆な構図を作れます」
偶然を待つ
良い写真を撮るには、偶然との出会いも必要だと宮瀬さんは言います。
「ニューヨークで、ちょうど人の目の高さに線が書かれた壁を見つけたり、サンクトペテルブルクで、雨上がりのマンホールに反射した鮮やかなネオンを見つけたり。日常の中にある非日常な風景を追い求めています。写真は環境だと思うのです。自分がどこにいるか、どんな人生の時間を持ち、どんな行動をするかで、撮れる写真が変わります。偶然と出会うために、自分から出かけるようにしています」
この日はあいにくの曇り空。求める光には出会えませんでした。明日に備えて仮眠を取り、午前4時、再び湖畔に向けて出発します。
写真は環境だと思うのです。自分がどこにいるか、どんな人生の時間を持ち、どんな行動をするかで、撮れる写真が変わります
宮瀬浩一さん
翌日、満天の星が広がる
真っ暗な国道はやがて森林を貫く一本道へつながり、車はそこからさらに湖畔の周囲を巡る、細い曲がりくねった道へ入っていきました。車を止めると、頭上には満点の星が広がっています。
日の出まであと約1時間半。「今日はいけそうですね」と、宮瀬さんからも笑顔がのぞきます。
宮瀬さんは、星空が照らす山の稜線に向けて、再び「サン・サーベイヤー」を傾けます。山の左上に明けの明星が輝きます。増していく寒さに震えながらも、雲一つない澄んだ空に、私たちの期待は高まりました。しかし、次第に湖の水面から、もやが立ち始めました。いつの間にか風も弱まり、霧が辺りに立ち込めます。
「曇天は嫌ですね。曇天だと影も光も生まれない。ものを美しく表現しないのです」
宮瀬さんは一枚もシャッターを切りません。日の出の時刻を迎え、昨日と同じ完全な曇り空になりました。撮影のチャンスは今日が最後。またしても撮るべき光は現れません。
諦めの悪い私たちは、最後の頼みに、カヌーを湖に浮かべることにしました。せめてカヌーに落ちる影や、水面の小さなリフレクションが光を描いてくれることを期待して。
撮りたい光を待つ
霧の中、ぼんやりと明るくなり始めた湖の上を、行き場をなくしたまま、カヌーが漂います。ブルーとグレーの濃淡を宮瀬さんは写真におさめます。
「『ProCam 6』を使う時は、フォーカスと露出だけオートモードを解除して、あとはオートのままで使います。露出は光の加減で調整します。Appの性能が良いので、ISOの設定も含めて、オート設定で十分だと思います」
水面にできた波紋の陰が、見えない光を微かに描きました。宮瀬さんはカヌーに乗った二人に、降りて湖の中に立ってほしいと告げます。
その時、さっきまで明けの明星が輝いていた場所に、小さな白い太陽が現れました。白い光は、大きくなり、湖と霧を黄金色に染め始めます。宮瀬さんはその光を撮り続けます。
「逆光の時は、撮影者の目が眩んでいるし、カメラにも光が強く入っています。もし逆光でコントラストが強すぎる場合は、光ですべてが白く飛んでしまわないように、露出を少しアンダーに調整します。ゴーストと呼ばれる、光の反射が玉のように映り込んでしまうことがありますが、ゴーストが発生した時は、それがちょうど太陽の中におさまるように位置を調整します」
写真に人物を入れる効果
どうして光が主役の写真に人物を入れるのでしょうか。
「雄大な自然を撮ると、きれいだけど、どこか退屈な写真になってしまうことがあります。人のシルエットが入ると、その人は何を考えているのかと、感情移入できる写真になるような気がします」
撮影を終えた宮瀬さんに、写真家として撮りたいものを尋ねました。
「撮りたい写真は、その場所に立つと、自然と頭の中に現れます。はじめは真っ白だった世界の色が、どんどん変わっていった。その瞬間に、撮りたい、と。表現したいのは、光の印象なのです。霧がかかった幻想的な情緒感。光と自然が僕たちに見せようとする、その印象をどう表現するか。そこに偶然との出会いがあるんですよね」
仕事を終えて、小舟は岸辺に近づいていきます。宮瀬さんの写した一枚の中で、高揚と安堵を包み込むような光がカヌーを照らしていました。
非日常の偶然を待ち、出会い、永遠に変える。
始まりの一枚に、新しい夜明けを撮りに出かけましょう。
宮瀬さんがよく使う写真編集App:
「『Picfx』は写真の色調を、自分の見た景色のイメージに近づけたい時に使います。iPhoneで撮影するとブラウン系の色が強く出る印象があるのですが、それを自分の好みに合わせる時や、少しマットな雰囲気を出したりできます」
「『RNI Films』はヴィンテージフィルムのテイストのフィルターが選べて、クラシックカメラで撮影したような雰囲気が出せます」