新しい表現はいつも、まだ当たり前でないことに挑戦する勇気と豊かな才能を持ったクリエイターから生まれます。
App Storeだけで読めるマンガ「いつもとは違う日」を描いた多田由美さんは、作画Appの「Procreate」を使って、すべての工程をデジタルで制作しています。彼女はプロのマンガ家であり、母親であり、そして神戸芸術工科大学まんが表現学科の准教授としてマンガの創作と教育をしています。テクノロジーは彼女の創作のあり方を変えてきました。
アメリカ映画が
世界のすべてだった
工業デザインやテキスタイルを教える工芸高校に通っていた多田さんは、ある日、卒業を待たずして中途退学し、結婚、出産。専業主婦として家庭に入りました。
「絵からは離れて、育児をしながら、朝と夜にテレビでアメリカの映画を観るのが唯一の娯楽でした。それが世界のすべてでした。府営住宅に住んでいて、お金がなかった時に、マンガ雑誌で賞金付きのマンガ賞があるのを知って応募しました。それがマンガ家になったきっかけです」
当時は紙の原稿に作画していたと言います。
「その後も、東京の出版社に原稿を送るため、紙の原稿をスキャンしてデータで送っていました。家にあるスキャナーが小さかったので、通常よりも小さいA4の原稿用紙で描いていました。描く時間は子どもが寝てから。消しゴムのカスが出るので、カフェでも描けませんでした」
いつでも
どこでも描ける
その頃は1か月に16から24ページ書くのが精一杯だったと言います。iPadでマンガを描くようになってからは、「Procreate」を使っています。
「どこなら描けないのか、と今では思うほど、どこでも描いています。カフェでも、バスや電車の中でも描けます」
「デジタルでは描いた絵を消さずに薄くして、上から線を描き直せます。下書きの回数が減って、作画が10倍ぐらい速くなりました。『Procreate』はメニュー画面を出さなくても大抵のことができてしまうので、描くことに集中しやすいです。特に『QuickLine』と『QuickShape』というツールが便利です。定規を使わずに、直線やなめらかに描かれた曲線、円や三角形などの図形が描けます」
360度、どこからでも
描ける構図力
多田さんは、大学の授業でも「Procreate」の作画履歴の動画を学生たちに見せながら画の描き方を教えるなど、実践的な教育をしています。
「学生にはマンツーマンで相談に乗って、教えています。コマ割りに悩む学生が多いのですが、実は構図に困っていることが多いです。どんな形のコマも構図さえ変えれば、何でも描き入れられます」
自由に構図を発想するには、頭の中で360度、どの視点からも情景をイメージできる能力が必要です。多田さんはどのように習得したのでしょうか。
「アメリカ映画を観ていた頃、観たシーンを頭の中でいろいろな視点から再現していました。特にアラン・パーカーの『バーディ』で鳥の目線で撮られた映像を観てから、視点を変えてイメージができるようになりました」
光の変化から
物語を設計する
今回のマンガは、どのように作ったのでしょうか。
「後半の暗い中に明るい光が射しているシーンが描きたかったので、そこから逆算して色の流れを考えながら物語を作りました。作品ごとに色を変えていて、まず背景の色を決めて、その後で人物の肌色などを決めます。バスが来る直前の絵が自分では好きです。夕暮れ時の車のヘッドライトとテールライトが並んで見えるのが好きなんです」
縦スクロールの
マンガ表現
今回、多田さんには縦スクロールで読むマンガに初めて挑戦してもらいました。
「縦スクロールのマンガは、読んでいて間延びするなと感じていました。コマの間に空間を空ける作品が多く、間合いを表現しているつもりだと思うのですが、かえって話の流れが覚えられず、漫然と続く印象を受けていました。間延びは避けたいなと思いながら、コマ割りを考えました」
「女の子が部屋から出てくるシーンで、最初は横から出てくるように描いていたのを、女の子を上に配置して、構図を俯瞰に変えました。その時に、俯瞰した構図だと時間経過も表現できることに気づきました」
どこなら描けないのか、と今では思うほど、どこでも描いています。カフェでも、バスや電車の中でも描けます
マンガ家、母親、大学教員の多田由美さん。
「縦スクロールも、構図を工夫していけばいろいろやれるな、と思いました。スキルのある方が描けば、もっと面白いものが縦スクロールの表現でもできると思います」
多田由美さんが描く
オリジナルマンガ「いつもとは違う日」
加藤オズワルドさんが描く
オリジナルマンガ「終わらない夜に」
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