人間は会話するだけでなく、文字を使って、あるいは身ぶりやアイコンタクトなど、様々な方法を使って、お互いの意思や感情を伝え、受け取っています。多様なコミュニケーションの方法があり、「DropTalk」を使ったコミュニケーションもまたその一つです。
「DropTalk」は、話し言葉でのコミュニケーションを苦手とする、自閉症や言語障がいのある人のコミュニケーションを助けるAppです。
Appの中に入っている700個以上の、シンボルと呼ばれるイラストの中から好きなものを選んだり、自分たちで写真や動画を撮って新しいシンボルを作ったりして使います。デバイス上に表示されたシンボルをタップすると、そのシンボルの持つ意味を、Appに登録された音声で読み上げてくれます。
「DropTalk」は、国立特別支援教育総合研究所の青木高光さんが企画しました。今日では特別支援教育の現場でも使われています。青木さんに「DropTalk」の企画と開発について、そして埼玉県立総合教育センターの内田考洋さんに、教育の現場でどのように使われているかを聞きました。
ひざを折って話す
「DropTalk」の企画と開発の中心人物である青木さんは、元々、「AAC(拡大・代替コミュニケーション)」と呼ばれる分野の研究者でした。AACは「コミュニケーションに障がいのある人が、自分に残された能力や、写真や絵カード、あるいは電子機器などの様々な手段を活用して、音声言語や文字言語による表現を補助したり、代替することでその表現を拡大していくアプローチ」だと言います。そのAACの研究に基づき、「DropTalk」は企画・開発されています。そして、「DropTalk」という名前には、「AAC」の研究において大事な視点が込められていると言います。
「『DropTalk』という名前は、絵カードを使ったコミュニケーションに関する書籍の中に書かれていた一文が発想のきっかけになっています。『立ち止まり、膝を落として、子どもたちと同じ目線で話さないといけない』と書いてあり、そこで使われていた『Drop』と『Talk』という単語をつなげて、『DropTalk』という名前にしました」
内田さんは特別支援学校で、実際に「DropTalk」を活用していました。例えば、生徒が読んでほしい絵を選んだり、その感想を伝えたりする時にも、「DropTalk」を使ってコミュニケーションをしていました。
「担当しているクラスの生徒に、進行性の肢体不自由の障がいで筋肉が弱くなり、寝たきりになっている子がいました。人を笑わせるのが好きな明るい性格の子なので、誰かが面白いことを言ったときに、『面白いよ』と伝えるためのシンボルを入れました。少しコミカルな声で入れておくと、喜んで使ってくれて、例えば絵本を読んであげたときに、合いの手を入れるように『面白いよ』と返事をして使っていました」
その子が主役
「DropTalk」をAppの形で開発しようと思った理由について、青木さんはこう話します。
「iPhoneやiPadは写真が撮れて、音声も出せて、録音もできます。複数のことが一つのデバイスで行えて、『AAC』のための専用の道具ではなく、多くの人が身近に使っている道具です。日常的に誰もが身近に使えるもので、『DropTalk』の機能が使えるということが非常に重要でした。子どもたち一人ひとり、コミュニケーションに使いたいシンボルは違います。例えば一般的なお母さんを表すシンボルが入っていても、自分のお母さんの写真でなければ、それがお母さんを意味するとわからない子もいます。iPhoneやiPadに入ったAppなら、撮影も録音もできて、シンボルをカスタマイズできます。カスタマイズできることがとても重要でした」
「障がいのある子は、受け身になりがちな環境があります。ですが、『DropTalk』を使って発信することで、子どもたちが主役になれるのです。Appを使って自分で表現できる、それがすごく重要なことだと思います」
実際に、内田さんのクラスでも、子どもたちが主役になって活躍する場面が生まれたと言います。
「例えば、朝の会などの進行を、『DropTalk』を使って、生徒にやってもらっていました。みんなにあいさつをしたり、健康を確認したりするのを、順番にシンボルを押して音を出して、司会進行をします。発話によるコミュニケーションができない子でも、クラスの中で役割を持てるようになります。特にお楽しみ会のような、楽しい場面でよく使っていました」
「DropTalk」を使うことで、コミュニケーションそのものの学習が生まれると言います。
「使い方に慣れて、日常的に使えるようになってくると、子どもたちは本当にうれしそうです。使いながら少しずつコミュニケーションそのものを学び、徐々により複雑な表現、広がりのある表現ができるようにもなっていきます」
楽しんで使うと
広がっていく
「DropTalk」を初めて使う時には、まずはシンボルを一つ入れるのを青木さんは勧めています。周りが使わせたいシンボルではなく、その子が使いたいものを入れて、少しずつ入れる数を増やしていきます。
「子どもの好きなことから始めて、使うのが楽しくなると、広がっていきます。子どもたちがその道具を使って先生の悪口を言うようになったら、それが本当にその子の道具になった証だと、冗談交じりに言っています(笑)」
内田さんもその考えに賛同します。
「気管切開をして、話したくても話せない子がクラスにいました。やがてシンボルを使って作文をするようになりました。ひょうきんな性格の子で、『おしり、臭い』などと言っては、他の子を笑わせていました。大好きな先生への愛情表現として、『あの先生が臭い』と冗談を言ってみたり、楽しんで使っていくと、コミュニケーションが広がっていきます」
子どもたちがその道具を使って先生の悪口を言うようになったら、それが本当にその子の道具になった証だと、冗談交じりに言っています(笑)。
「DropTalk」を企画した青木高光さん
子どもにテクノロジーを渡す
青木さんはAppというテクノロジーが、一人で行動するためのサポートにつながってほしいと言います。
「障がいのある子が一人で行動することを、周りの人は心配しがちです。でも、実際に出てみると、Appや見知らぬ人のサポートを得て、うまくやれる例がたくさんあります。障がいのある人たちを支援するツールが目指しているのは、その人が自己選択し、自分の意思で行動するのをサポートすることです。新しいテクノロジーを携えて、一人で買い物に行って、自分で選んで買って来られる。行動をAppがサポートする世界になってほしいですね」
内田さんは、Appのことをたくさんの人が知っていることも大きなサポートになると言います。
「Appの存在や使い方を、より多くの人に知ってもらうことも重要だと思います。店で買い物をするときにも、店員さんが『DropTalk』のことを知っていて、シンボルを使ってコミュニケーションしようとしている状況を、理解してくれたり、待ってくれたりすると、それだけでも心強いサポートになります。『DropTalk』を使ったコミュニケーションが、さらに一般的になるといいなと思っています」