さらに詳しく

ここは、やさしい世紀末

独特な世界観で人を惹きつけるzximaが生む作品の魅力とは。

荒廃した未来の世界最後のパン屋で働く「ポストアポカリプスベーカリー」。脳みそだけの妻と二人で暮らす「MyLove.」。お弁当好きなロボットと人類を救う「DropPoint」。腕に寄生した生物と日々を過ごす「パラサイトデイズ」。2体のロボットが手をつないで荒野を歩く「スクラップフレンズ」。荒削りなタッチの独特なイラストレーションで描かれ、奇妙な目的や設定ばかりに思えるこれらのゲームは、実はデベロッパである、zximaの飯島勇介さんが一人で手掛けています。

彼のゲームに共通するのは、荒廃した世紀末の世界が舞台であることと、切なくて心温まる物語が体験できることです。初めてこれらのゲームを目にする人には、一見突拍子もない作品に思えるかもしれません。ただそこには、飯島さんの制作へのこだわりと、丁寧に作り込まれた世界観で実現した、遊ぶ人を惹きつける魅力があります。

世紀末に感じる、人の温かさ

「仕送りを題材にした『TimeMachine』や、弁当を持たせて送り出すことを題材にした『DropPoint』では家族をテーマに、パン屋やタクシー運転手を題材にした『ポストアポカリプスベーカリー』や『ザ・ファイナルタクシー』では仕事をテーマに作品を作りました。常に身近なものをゲームの題材にしています」と飯島さんは言います。ではなぜそれが、世紀末の世界観で描かれているのでしょうか。

「TimeMachine」(左)と「ポストアポカリプスベーカリー」(右)の一幕。

「これまで20本ほどのゲームを作ってきて、残ったのが今リリースされている世紀末を描いた作品です。世紀末が舞台であることで、本当に描きたいテーマの、人と人のつながりがより鮮明に描けます。殺伐とした世界で、何とか生きている人々だからこそ、助け合い、喜びを分かち合うことが自然に描けるのだと思います」

物資も、法律もなく、自由はあるものの、安全の保証はない、そんな飯島さんが描く世紀末の世界では、人と人がつながることの意味や温かさが、率直に表現されています。さらに飯島さんは自身の経験を振り返りこう語ります。

「私自身の経験では、娘が1年間入院していたことがあったんです。すごく大変だと思うんですけど、娘自身は、全然気にしていませんでした。むしろ楽しんですらいて、それを見て、人間ってどんな状況でも幸せになれるんだと思いました。それが世紀末を題材にした作風につながっているのかもしれません」

「MyLove.」(左)と「DropPoint」(右)の一幕。

目的と愛情の間で揺れる

「私のゲームには、幸せを求めてゲームを進める"救いしかない系"のゲームと、難しい状況に立たされて、選択によって複数のエンディングが用意されている"板挟み系"のゲームがあると思うんです」と飯島さん。

飯島さんのゲームをプレイしていると、初めは奇妙に思えていた世紀末の世界観に、いつの間にか感情移入していることに気がつきます。そこには、プレイヤー自身が主人公となり、自ら物語を動かしていく過程で、愛情や葛藤を覚えていくという仕掛けがあります。物語の進行に合わせて複数の選択肢が現れ、その決断によって物語と結末が変化するのです。

お弁当が好きな「DropPoint」の愛らしいロボット。

例えば、「DropPoint」というゲームでのあなたの役目は、エンジニアとしてロボットを強化し、人類を救うことです。人類を脅かす危険な生物に対抗するため、ロボットに強力な武装をすると、「ザンコクさ」の値が上昇します。この値が大きくなると、ロボットの態度は凶暴になっていきますが、強い敵とも戦えます。

一方、ロボットは、戦場に送り出す前に渡すお弁当を食べることで、「ココロ」の値が上昇し、徐々に人間らしい感情を持ち始めます。次第に、次のお弁当を楽しみに待つロボットに愛着が湧き、優しいロボットに育てたいという気持ちと、人類を救うために強化するという目的との間で葛藤を覚えます。飯島さんのゲームでは、こうした複雑な状況に立たされることで、強く感情移入しながら物語を堪能していきます。

こうした作品世界に入り込むような体験は、飯島さんが書く数万字に及ぶシナリオによって実現されています。

キャラクターたちに宿る「心」

飯島さんの作品に登場するキャラクターたちは、下書きもなく、思いのままに一発で描いたものを、そのままゲーム内のイラストレーションとして使っているのだそうです。そして、作ったキャラクターを動かして世界観を想像し、ストーリーを構築していくといいます。

プレイするたびに気づくのは、そのようにして生まれたキャラクターたちに、豊かな心が宿っていることです。

「ザ・ファイナルタクシー」のアントン(左)と「ポストアポカリプスベーカリー」のタナカ(右)。

例えば、地球最後のパン屋で、パンを売って住民たちと交流していく「ポストアポカリプスベーカリー」というゲームに登場する、タナカというキャラクターがいます。彼は、初めは「ヒャッハー」と叫びながら店に現れては、お金も払わずパンを奪っていきます。しかし、とがめず、パンをあげ続けていると、心優しい一面が見えてきます。

キャラクターとたくさんの時間を過ごすにつれて、彼らの人間性がわかり、心を通わせられるようになったことが実感できます。個性豊かなキャラクターたちばかりで、彼らとのユーモアの効いた会話は軽快で楽しく、その人物への興味から、物語を進めたくなる気持ちもわいてきます。

セリフに込められた想い

「とにかく手軽に遊べることを心がけて作っています。私の妻は普段ゲームをしませんが、そんな妻にも遊んでもらえるゲームを作るのが目標です。クリアまでのハードルを高くしすぎず、物語を楽しんでもらえるものがいいかなと思っています」

「でも、伝えたいことがないわけではありません。まずは気軽に楽しんでもらう中で、前向きなメッセージを感じてもらえたらうれしいです。例えば、『ザ・ファイナルタクシー』では終始、誰にでも居場所はある、ということを言っています。それを私の代りに、アントンくん(タクシーのサポート役)がテンション高く言ってくれるんです」

アントンくんと共に、乗客を目的地まで届ける「ザ・ファイナルタクシー」の一幕。

誰にでもある居場所へ、熱血漢なアントンくんに「俺が送り届けてやるぜー!!」と言われると、思わず笑顔にさせられて、前向きな気持ちになります。世紀末に住む、思わず愛情を注ぎたくなる奇抜なキャラクターたちが、ユーモアを交えて言う言葉に、飯島さんの想いが込められています。

飯島さん自身は「ほのぼの終末ストーリー」と呼ぶ彼の作品群は、イラストやセリフの独特の"ゆるい"雰囲気から、核心的なメッセージを楽しく、気軽に感じさせてくれます。優しさとユーモアにあふれた作品世界を、ぜひ体験してみてください。