インスピレーション

デザインの形を知る: タイプフェイス

言葉のデザイン、タイプフェイス。その奥深さに魅了される。

新しい映画のポスターや、交差点に掲げられた屋外広告など、イラストや写真とともに、文字で構成されたデザインは、タイポグラフィと呼ばれ、私たちの生活の至る所に存在しています。テクノロジーやソーシャルネットワークなどの広がりによって、タイポグラフィやその制作は私たちが思う以上に身近なものとなりました。

「Instagram」のストーリーズで投稿する、写真と文字を組み合わせたものもれっきとしたタイポグラフィであり、「Canva」のようなAppを使えば、さらに手の込んだものが簡単に制作できます。そして、それをソーシャルネットワークに投稿すれば、他のユーザーがあなたのタイポグラフィにアクセスできるのです。

タイポグラフィによって、文字はデザイン性を与えられ、言葉そのものが持つ意味に加えて、視覚的なメッセージも持つようになります。

それでは、タイポグラフィの文字に注目してみましょう。文字といっても、様々な形のものがあります。細く繊細なもの、近未来的な印象を受けるもの、丸みを帯びていて優しさを感じるもの——。一定のテーマのもと、デザインされた文字はタイプフェイスと呼ばれます。私たちの周りにあるもので例を挙げると、MacやPCなどのデバイスで書類を作成する際に選ぶ書体のことです。

世界で初めてのタイプフェイスとされる「Blackletter」が、ドイツ人Johannes Gutenbergによって活版印刷とともに生み出される前まで、本の文字はすべて手書きでした。このGutenbergの活版印刷技術やタイプフェイスが言葉にデザイン性を吹き込むきっかけとなり、後の世界に大きな影響を残したのです。15世紀のことでした。

その後、Blackletterよりもさらに読みやすいように、また、高価だった紙に文字を効率よくレイアウトできるようにと、「Roman type(ローマン体)」が印刷業者であり書体デザイナーでもあった、フランス人のNicholas Jensonによってデザインされます。それが、タイプフェイスの進化の起源なのです。

Blackletterを使うと、それまでよりも多くの文字を紙に配置できました。その結果、紙が黒く見えたことから、Blackletterという名前がつきました。

イギリスのタイムズ紙(The Times)が新聞用に考案した「Times New Roman」、図形を元にPaul Rennerがデザインした「Futura」、Max MiedingerとEduard Hoffmannによってデザインされた、シンプルで今も世界中で広く使われている「Helvetica」など、今日では私たちの周りに様々なタイプフェイスが存在します。

様々なタイプフェイスが生み出されるにつれて、それぞれのタイプフェイスから受ける印象がより重要視されるようになりました。今では、オリジナルのタイプフェイスを制作することも珍しくはありません。

例えば、iPadだけでオリジナルのタイプフェイスが制作できる「iFontMaker」のようなAppさえ存在します。

「iFontMaker」を使うと、アルファベットや日本語のタイプフェイスを、表示されるガイドをなぞるだけで簡単に制作できます。さらに、編集ツールを使えば、曲線の曲がり方などのパスを細かく調整することも可能です。Unicodeをサポートしているので、リストに無い漢字をはじめ、キリル文字やギリシャ文字のタイプフェイスも制作できます。もちろん、制作したタイプフェイスは、MacやPC、iPhoneやiPadなどでも使用できます。

ゲームやAppによっては、オリジナルのタイプフェイスが用いられていることもあります。「ラン ゴジラ」を例に見てみましょう。

ゴジラのいる集落を舞台に、ゴジラに祈りを捧げ、モスラやキングギドラとのレースに挑ませるのが「ラン ゴジラ」です。「ゴジラ」シリーズといえば、1954年に1作目が登場した特撮怪獣映画です。「ラン ゴジラ」では、シリーズを通しての世界観を忠実に再現するべく、独特の音楽の他に、「ゴジラフォント」というタイプフェイスがカタカナに使われています。

「ゴジラフォント」は、元々見出し用のフォントのため、文章に使うと読みづらいことがあったため、「ラン ゴジラ」では、ひらがなやアルファベット用の「鉄瓶ゴシック」というタイプフェイスとともに使用されています。

タイプフェイスが、「ゴジラ」という老若男女に愛されるシリーズの世界観を彩る、一つの視覚的な手段として用いられているのです。

次に視点を変えて、マニュアルカメラAppの「Halide Mark ll」と、簡単に長時間露光写真が撮れる「Spectreカメラ」を例に挙げます。

「Halide Mark ll」は、シャッタースピードや露出、ホワイトバランス、フォーカスなどを個別に設定できる、マニュアル撮影App、「Spectreカメラ」は、手軽に長時間露光で撮影したような雰囲気の写真が撮れるAppです。どちらも、Ben SandofskyさんとSebastiaan De Withさんのチームにより制作されました。

「Halide Mark ll」も「Spectreカメラ」も、それぞれオリジナルのタイプフェイスが用いられていますが、デザイナーのDe Withさんは、「Halide Mark ll」の前身である「Halide」を例にこのように話します。

「Halide Mark ll」に登場するマニュアル。実際のカメラにおける、紙のマニュアルをほうふつとさせます。

「『Halide』の制作の時から、古いフィルムカメラを使って撮影しているような、Appを超えた撮影体験を実現したいと考えていました。そのために、Appをインストールして開くとまず、実際のカメラにあるような紙のマニュアルを表示させたり、押し込めるシャッターボタンを設置したり、様々な点を工夫しました。そしてその一つが、私とオランダのタイプデザイナー、Jelmar Geertsmaとともに制作した『Halide Router』というタイプフェイスでした」

「実際のフィルムカメラのボディやレンズは金属でできているので、その上に文字を彫る際には先の丸い小さな金属(ボールペンの先のようなもの)が使われていました。そのような背景から、当時カメラに使われていたタイプフェイスの多くは、直線と同じ大きさの丸みで構成されていました(文字を彫る金属が丸みを帯びていたため、文字のカーブや先端はこの金属と同じ丸みになりました)。『Halide Router』は、これに基づいてデザインされました」

Halide Router(左)は、実際のカメラに使われていたタイプフェイス(右)からインスピレーションを得たと言います。

このようにゲームやAppには、世界観やユーザー体験に合うように選ばれたタイプフェイスが使用されています。タイプフェイスの進化の中で、イラストや写真と同じように文字そのものをデザインして、表現方法の一つとして使用するようになったのです。

手書きの文書しか存在しなかった過去に、読みやすさや統一性を持たせるために、活版印刷とともに生まれたタイプフェイス。6世紀という長い時間をかけて視覚的表現方法の一つになったタイプフェイスは、今では当初の目的以上の役割を担っています。恐らくこれからも、新しいタイプフェイスが次々に生まれていくことでしょう。

タイプフェイス。それは、言葉そのものが持つ以上のメッセージ性を私たちに与えてくれる、コミュニケーションツールなのです。

このストーリーの中で紹介した
Appとゲーム