舞台裏

音楽が語り出す

デベロッパと作曲家に聞く舞台裏音楽が美しいゲーム「From_.」。

From_.

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「『From_.』のタイトル画面で流れる『前奏曲』には、穏やかな曲調と不穏な曲調を織り交ぜました。この一曲を聴くだけで世界観がイメージでき、すっとゲームの世界に入ってもらえる、予告編のような曲として作ったんです」

そう語るのは、手紙で人々の想いをつなげていくアドベンチャーゲーム「From_.」の音楽を作曲した、椎葉大翼(しいば だいすけ)さんです。

「From_.」の予告編となるように作曲された前奏曲が流れるタイトル画面。

「From_.」では、水に囲まれた世界を舞台に、「郵便屋さん」になって住民たちに手紙を届けます。住民たちは恋をしていたり、悩みごとを抱えていたり、私たちの日常生活の中でも感じているような様々な想いを抱えて暮らしています。そうした想いが乗った手紙を配達することで、プレイヤーの胸に響く物語が展開されます。

「From_.」の世界観は、青と黒だけで描かれたもの寂しさすら感じさせるビジュアルや、水の世界というどこかはかなさを覚えさせる設定などで表現されています。特にピアノで奏でられる、心に染み込むようなゲーム音楽は、この世界観を形作る上で大きな役割を担っているといえるでしょう。

大好きなものを詰め込んだ世界

本作の世界観はどのように作られていったのでしょうか。シナリオからアニメーションまで、音楽以外の開発をすべて手がけたデベロッパの仲島瀬里奈(なかじま せりな)さんはこう語ります。

「ヴェネチアのような街並みや、和洋折衷感のある建物や服装など、自分が大好きな要素を取り入れた世界を、ピクセルアートとして描いたのが始まりでした」

デベロッパの仲島瀬里奈さん。

元々メインキャラクターに郵便屋さんという設定はなく、ビジュアルが完成した後で物語が付け加えられていきました。手紙も、そうして肉付けされた要素の一つです。

「小学生の時に仲が良かった友達が引っ越してしまって、手紙でやり取りしていたんです。手紙が返ってくるまでワクワクしたり、自分の書いた手紙が相手に届くまでソワソワしたりしたことを覚えています。手紙は、面と向かっては言えない思いを詰め込める特別なものだと思います」

仲島さんが描いたキャラクターたちのスケッチ。右は郵便屋さん。

シーンごとに作り込まれた7曲からなるピアノ組曲

元々仲島さんは、80年代のゲーム音楽のような、8ビット風チップチューン音楽を「From_.」の音楽の一案として考えていました。そんな時、椎葉さんの作った弦楽四重奏の生演奏曲を聴く機会があり、その迫力に感激します。そして「From_.」の、船が水の上を漂う世界観と、ピアノの流れるような調べが合うと確信し、椎葉さんに楽曲の作成を依頼しました。そこから、お互いに世界観に近いと思われる既存の曲を共有し合い、シーンごとのイメージを擦り合わせていったといいます。

作曲を担当した椎葉大翼さん。
フォーレの「舟歌」に特に影響を受けました。ただ、それとは別のものを作ろうという意気込みで作りました

椎葉大翼さん

「フォーレ: 舟歌第1番 イ短調 Op.26」という楽曲を参考に作曲したという椎葉さん。ただ、フォーレの舟歌と比べて、一曲内の曲調の変化は緩やかにしているそうです。「From_.」の楽曲作成を振り返り、椎葉さんはこう語ります。

「ゲームはプレイヤーによってプレイする速度が変わります。なので、どこを切っても同じ曲に聞こえるよう、緩急をあまり付けずに作曲しました。曲は全部で7つあるんですけど、7曲からなるピアノ組曲のようなつもりで作っています」

一曲一曲には激しい変化を持たせずに、7曲を全部通して並べた時に、緩急のついた組曲として聞けるように作曲したといいます。ゲーム内のシーンに合わせて曲調が作り込まれています。

最も苦労したのは日常の音楽

椎葉さんが「From_.」のために書いた楽譜。

特に試行錯誤を重ねたのは、普段のシーンで流れる音楽の作曲だったそうです。一曲目に作った「舟歌」は、元々日常の音楽として作られました。しかし、普段流れる曲にしては不穏すぎる印象があり、仲島さんからゲーム内に出てくる謎の男と会話するシーンで使うことを提案されます。その後も、悲しさを強めた「悲歌」や、明るい印象も感じられる「円舞曲」を作曲し、仲島さんと日常のシーンに合うイメージを擦り合わせていきました(最終的に、悲歌、円舞曲は日常とは別のシーンで使われることになりました)。こうして日常の曲として完成したのが、多くの場面で耳にする「夜想曲」です。椎葉さんは夜想曲の作曲についてこう語ります。

「不穏な音楽でなくてもいい、と心がけるようにして、波を漂う感じをもっと出すようにしました。スピードは遅く、穏やかにし、とはいえ歩いているよりは速い速度をイメージしました」

最終的に夜想曲が採用された、船が漂う日常のシーン。

仲島さんは、夜想曲を聞いた時の印象をこう語ります。

「一番落ち着く、ずっと聴いていても飽きない曲だと思いました。今まで、無音で時が止まっていた『From_.』の世界の時間が、流れ始めたと感じました。それまでぼやっとしていた世界が、固まったという感じです」

色使いも、テキストも最小限でありながら、プレイヤーにたくさんの感情を抱かせる「From_.」。本作の音楽は、シーンごとに流れる曲のメロディーや曲調の変化で、プレイヤーに今何が起きているのか、言葉を使わずに語りかけてきます。

From_.を完成させて

椎葉さんは「From_.」の作曲に携わったことを振り返りこう話します。

「これだけたくさんのピアノ曲を作ったのは初めてです。ピアノだけでこんなにも曲に濃淡が付けられるとは思っていませんでした。とても成長できた機会でした」

仲島さんは、「From_.」開発における挑戦を以下のように語ります。

「私の父親は元々ゲームクリエイターでした。父親の時代はメモリーの制限があって、使える色の数も少なかったことを聞いていました。そこで、どこまで自分は少ない色数で作れるんだろう、という思いから青と黒だけの2色で作ったんです。『From_.』は、好きなものや理想、父親と自分の挑戦、たくさんのものを詰め込んで形となった、とても大切な作品です」