MEET THE CREATOR

茶道をサンプリング伝統をビートで再解釈

Matt Cabが音と映像で日本の伝統を表現する。(前編)

約15年前に故郷のサンフランシスコから来日し、それ以来東京を拠点に活動する、音楽プロデューサー / アーティストのMatt Cabさん。

「父親が音楽活動をしていた影響もあり、小さい頃からビートルズやモータウン、ヒップホップといった音楽が身の回りにあふれていました。また、叔父がクラシックピアノを弾いていたことから、自分もピアノを弾くようになったんです。当時から、将来は音楽の分野で何かしたいと思っていましたね」

J-POPの英語カバーやアーティストへの楽曲提供など、彼の幅広い活動の中に、「PLAYSOUND」というプロジェクトがあります。このプロジェクトで彼は、日常にある様々な音を録音し、それらを元に制作した楽曲を映像とともにソーシャルネットワークなどで公開しています。

「このプロジェクトは、『音楽は楽しいものであるべき』というコンセプトから始まりました。2017年に息子が生まれたんですが、鳥のさえずりなどの何でもないと思っていた音に『何これ?』といったような反応をするんです。確かにそうですよね、この世界に急に生まれてきたんですから。彼にとってはすべてが新しい体験。息子のそんな姿を見ていると、自分たちの周りには興味深く、すばらしい音があふれているんだ、と改めて教えられました」

それがきっかけで、次第に環境に溶け込む音に耳を傾けるようになったといいます。車が走る音、息子のおもちゃの音、大自然の音。アーティストである彼にとって、それらの音から楽曲を制作するようになるまで時間はかかりませんでした。

「『PLAYSOUND』に登場する音は、普段は気に留めないけれど、誰もが知っているものがほとんどです。だから僕の楽曲を聴いた時に『あ、この音!』と思ってもらえます。これは僕がすごく大切にしていることで、音楽を作ることは、他の人とのつながりを生むことだと考えています。聴く人にとって関連性が見出されると、音楽を通じて他の人とつながれると思うんです」

サンフランシスコにおける文化の多様性から、子どもの頃から日本のアニメや音楽、映画などに興味があったと話すMattさん。アメリカの文化と近いようで遠い、日本の伝統的な部分と先鋭的な部分に、自身のパーソナリティを重ねたといいます。そんな日本に来て長い年月を経た彼が、次の「PLAYSOUND」に選んだのは「茶道」でした。

「僕のパフォーマンスを見て、何か一緒に面白いことができるかもしれない、とソーシャルネットワークでメッセージをくれたんです」

Mattさんのパフォーマンスやスタイルに感銘を受けたのは、「世界茶会」主宰の岡田宗凱(そうがい)さんでした。

「メッセージをもらってすぐに岡田さんの茶室を訪ねました。そこで、彼の茶道や茶の湯に対する考えを聞いた時に衝撃を受けたんです。というのも、茶道というのはすごく伝統的なものですが、それに対して岡田さんは、新しい解釈でアプローチしていたんです。芸術としての茶道、そして、もてなす側ともてなされる側が一緒に作りあげる茶の湯の空間。音楽に通じるものを感じ、今回のコラボレーションが始まりました」

もてなす側ともてなされる側が一緒に作りあげる茶の湯の空間。音楽に通じるものを感じた

Matt Cab

何か新しいものが生まれて、それが年月を経て伝統になる。すべての伝統は、始めはまったく新しかったものです。ならば、茶道は今も新しいものであるべきなのでは、という岡田さんの考えは、音楽にも当てはまります。Mattさんは、今回のプロジェクトを通じて茶道に対する考えが変わったといいます。

「一人がお茶を点てて、それをゲストが頂くだけではありません。茶道というのは、茶の湯を開催する側とゲストとのコラボレーションなんだと思いました。それは音楽でいうライブセッションのようなものです。茶道の美しさの一つに、プロセスは同じでも、茶の湯やゲストによって二度と同じ瞬間がない点があります。それは音楽のパフォーマンスも同じですよね。コンサート空間を作りあげるオーディエンスが変わると、その体験自体も変わります」

時間が経つにつれて変化する部屋に差し込む光や庭の表情など、茶室の小さなディテールさえもインスピレーション源になったというMattさん。「BandLab」という音楽制作Appを用いて音を録音していきます。「BandLab」との出会いによって彼の音楽制作プロセスは大きく変わったと話します。

「以前は多くの機材が必要で、録音環境やセッティングなどに気をかける必要がありましたが、「BandLab」を使えば、iPhoneだけで音楽制作ができるのです。サンプラー機能を使って音を録音し、パッドを叩いてビートを作り、バーチャルキーボードでメロディラインを入れる。日常的に使うデバイスで、いい音があったらすぐに録音できるというのがすごく大きいです」

「機材にとらわれないので、寝る前の時間にソファーで音楽制作ができます。機材を前に椅子に座って『さぁ作るぞ』と腰を据えなくていいんです。ゲームをプレイしている感覚で音楽が制作できるので、『PLAYSOUND』のコンセプトである『楽しさ』を入れられると感じています」

「音楽を作り始めた頃の自分の主な楽器はピアノでしたが、今、テクノロジーは楽器のような存在になっています。音楽を作るために必要な道具だから。そして、自分のゴールでもある『人とつながること』をサポートしてくれるソーシャルネットワークも、音楽をシェアして人々とつながるための究極のツールかもしれません。テクノロジーが楽器だとすると、ソーシャルネットワークはステージのような存在ですね」

音楽を作ることは、他の人とのつながりを生むこと

Matt Cab

茶の湯を体験し、その空気感に触れた彼の耳に残った音は何だったのでしょうか。

「空間を構成していた音すべてが新しい発見でした。中でも、お湯が沸騰して蒸気が出るときの『シュー』という音は、心が静まる感じですごく気に入りました。また、茶室の入り口の引き戸を開け閉めした時の音も好きでした。すごくドラマチックで、曲の幕開けとしてぴったりだと感じました」

そうして完成した楽曲は「一期一会」と名付けられました。この名前にはMattさんの思いが込められていました。

「一期一会」はインタビューの後半で

今回のプロジェクトに使用されたApp