ゲームを愛し、そして自身も数々のゲームを生み出してきた、コーエーテクモゲームス代表取締役会長の襟川陽一さん。「信長の野望」や「三國志」を始めとする数々のシミュレーションゲームを生み出したプロデューサー、シブサワ・コウとしても知られています。襟川さんは、40年以上にわたってゲーム開発に関わり続けてきました。2022年12月1日に配信が始まった「信長の野望 覇道」は、シブサワ・コウの40周年を記念して開発された作品です。
そんな襟川さんですが、いまだ達成できていない野望があるといいます。長きにわたり日本のゲーム業界をリードしてきた襟川さんに、ゲームへの想いを聞きました。
ゲーム漬けの日々
現在の襟川さんの1日は、どっぷりとゲームに染まっています。
「だいたい朝は5時に目を覚まして、8時くらいまで、スマートフォンのゲームをプレイしています。最近は『三國志 覇道』と『Fate/Grand Order』、この二つをメインに3時間です。その途中に朝ごはんを食べます。『ウマ娘 プリティーダービー』など、話題のゲームも軽くですが遊んでいます。
その後、会社の中でもゲーム漬けです。自社の作品も、他社のタイトルも、経営に使う時間以外はゲームを遊んでいます。シブサワ・コウブランドのタイトルに限らず、自社の大型タイトルについては開発中のバージョンもプレイしたりします。
18時に仕事を終えると、自宅で夕飯を食べ、20時頃から23時くらいまでは、家庭用ゲーム機のゲームを中心にプレイします。最近では『ELDEN RING』を2か月半ほどプレイしてクリアしました。その前は、『サイバーパンク2077』に、『Ghost of Tsushima』もクリアするまで遊びました。気に入ったゲームは最後までやることが多いですね」
こともなげに笑いながら話す襟川さんですが、言葉の端々から、ゲームを楽しんでいる様子がうかがえます。ここまでゲームに人生をささげている人物はそう多くはいないでしょう。
趣味から始まったゲーム開発
襟川さんのゲーム漬け人生の始まりは、1980年にまでさかのぼります。個人でもようやくパソコンを持てるようになってきた時代でした。父親から継いだ、繊維産業向けに染料を卸す、染料工業薬品の販売会社を経営する立場だった襟川さんは、30歳の誕生日に、パートナーの現コーエーテクモホールディングス会長、襟川恵子さんからパソコンをプレゼントしてもらいます。
そのパソコンで、家業の役に立つ財務管理や工程管理、見積計算などの業務用ソフトウェアを自作する傍ら、プログラミングの習熟を兼ねて、趣味でゲームを開発するようになりました。
「最初は雑誌に載っていたプログラムをパソコンに打ち込んで遊んでいました。その頃はゲームソフトはほとんど売っていませんでしたから、ゲームは自分で作るものだったんです。そのうちに新しい遊びとして、ゲーム作りにはまっていきました」
元々、司馬遼太郎や吉川英治の歴史小説を読むのが大好きだった襟川さんは、やがて戦国時代の武将が戦うようなゲームを作ってみたいと思うようになったといいます。
「当時コンピューターゲームというとインベーダーゲームのようなアクションゲームが中心で、喫茶店やゲームセンターで遊び、反射神経を競うものでした。私は思考ゲームが好きだったのですが、そういうゲームは雑誌にも載っていなかったので、自分で作り、遊ぶようになったんです」
そうして襟川さんが作った、武田信玄と上杉謙信の戦いを題材にしたシミュレーションゲーム「川中島の合戦」は、雑誌に広告を出して販売したところ、それまでになかったゲームとして人気を博しました。
その後、襟川さんの考案する思考ゲームは、よりリアルに戦国武将の活動を疑似体験できる形に進化していきました。理由は、襟川さん自身が会社を経営していたことと関係していました。戦国武将たちは、戦いに明け暮れていたわけではなく、「自分の国の経営もしていたのではないか」ということに思い至ったのです。
「小さな会社でしたから、営業や経理など、自分一人でいろいろな仕事をしていました。おそらく戦国大名も、戦だけでなく、町おこしや治水、田畑の開墾、軍団の育成、人材の登用など、様々なことをやっていたはずだと考えたのです。こうした要素を、ゲームに落とし込んでいきました」
そして生まれたのが「信長の野望」です。1983年に発売された本作は、今なおシリーズ作品が創り続けられ、多くの人に愛されています。「信長の野望」が、本業よりも売上を稼ぐ大ヒットとなったことから、襟川さんは染料工業薬品の販売事業を他人に譲り、ゲームソフト開発に専念することとなりました。
人々を魅了したリアリティ
戦国武将の人生を疑似体験できるよう、リアリティにこだわって開発された「信長の野望」が好評だったことから、その後襟川さんは様々なシミュレーションゲームを手がけました。
チンギス・ハーンのモンゴル帝国がテーマの「蒼き狼と白き牝鹿」、三国志演義の世界観を舞台にした「三國志」、16世紀頃の海洋を舞台にした冒険ゲーム「大航海時代」、幕末の要人の一人となって全国13藩の思想統一を目指す「維新の嵐」、中国四大奇書の一つ水滸伝を題材にした「水滸伝」、また馬主となって強い競走馬を育成する「Winning Post」や、航空会社の社長となり、経営手腕を振るう「エアーマネジメント」など。これらのタイトルをどこかで耳にしたり、実際に遊んだりした経験がある人もいるでしょう。
襟川さんのリアリティへのこだわりは徹底していました。例えば「Winning Post」を開発する際には、実際に競走馬を購入し、厩舎や騎手と関係を築いてゲームの中に生かしたそうです。ファストフレンドという、帝王賞や東京大賞典といった大きなレースで勝利した牝馬の共同馬主になっていたこともありました。
最新作の「信長の野望 覇道」でも、リアリティへのこだわりは隅々にまで行き渡っています。
本作では、自分が戦国大名の一人となって日本を統一するのではなく、織田家や武田家など、大名家に仕える家臣団の一員となって、大名の天下統一に貢献します。複数のプレイヤーたちとオンラインで協力し合い、軍事だけでなく政治を通して自分の影響力が及ぶ範囲を広げ、民心をつかんで勢力を拡大します。まさに戦国時代の有力者が行っていたであろうことを、ゲームとして再現しています。
シブサワ・コウが守るもの
こうして生まれた様々なシミュレーションゲームには、プロデューサーとして、シブサワ・コウの名が刻まれています。シブサワは、日本資本主義の父とも称される渋沢栄一の名字から、コウは社名の光栄から取った名前で、今ではリアリティを大切にして作り上げられたシミュレーションゲームのブランドとしても使用されています。
ゲームにプロデューサー名を明示するのは、かつては珍しいことでしたが、ファッション業界では、古くからブランドのデザイナーなどが名前を出して商品に責任を持つことを示していたことに倣ったといいます。ゲームを作った人がプロデューサーとして名前を出し、責任を持って世に出していこう、と現会長の襟川恵子さんに提案されたことから始まったそうです。
シブサワ・コウブランドのゲームは、どれも遊ぶ人に疑似体験を深く楽しんでもらえるように作られています。リアリティを追求するため、襟川さんは今も「自分で体験してみること」を重視しています。
「リアリティを持たせるには、開発する側に体験や経験のバックグラウンドを作ることが大切だと思っています。実際にやってみないとわからないことがたくさんあるのです。ですから、ゲームの世界観を作るためには、様々なことを自分で経験してみるようにしています。技術が進化した昨今でも、基本は変わらないと思っています」
シブサワ・コウの野望
明けても暮れてもゲームのことを考え続ける。そんな襟川さんの夢は、「ゲームを作って、世界中のファンが楽しんでくれること」だと話します。
「その夢が最高のポジションにたどり着くまで頑張ろうと思っています」
最高のポジション、すなわち世界一のゲームメーカーになること。これこそが、襟川さんの、そしてプロデューサー、シブサワ・コウの野望です。
iPhoneやiPadで遊べるタイトルでは、「ランキングのベストテンに一時的に入ったことはありますが、継続して上位に入るようなタイトルはまだありません。今まさに開発チームの尻を叩いている感じです」と笑います。
40年を超えてゲームを生み出し続けるシブサワ・コウの野望は、まだ道半ばなのです。
※インタビューは2022年10月に実施しました。