多様な性のあり方について理解を深め、ジェンダーやセクシュアリティの違いにかかわらず、誰もが公正に扱われる社会を実現していくために。毎年6月は「プライド月間」として、世界中でLGBTQ+当事者やアライ(支援者)による様々な活動が行われています。
LGBTQ+とは、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クィア、さらにインターセックスやアセクシュアルなどのセクシュアルマイノリティの総称です。
男性、女性といった既存のジェンダーの呼び方にとらわれず、自分らしくあり続けること。モデルやタレントとして活躍する井手上漠(いでがみ ばく)さんは、まさにそうした生き方を選びながら表現を続けるアーティストの一人です。
悩んでいる人に何か言えるとしたら、本当は一人じゃないよ、ということだと思います
井手上漠さん
自分らしさを大事にしながら生きるために、漠さんが大切にしていること。そしてSNSやカメラアプリを使った日々の発信のことなどを率直に語ってもらいました。
認める心の大切さ
自然豊かな島根県の隠岐島で生まれ育った漠さんは、成長とともに自分を既存の男性らしさに合わせるのではなく、ジェンダーの規範にとらわれない生き方を目指すようになったと言います。周囲と自分との違いに悩みながら、中学3年生で出場した「少年の主張全国大会」では「カラフル」という演題で想いを訴え、漠さんは文部科学大臣賞を受賞。その後は雑誌主催のボーイズコンテストでも、自分らしく生きる姿は審査員や観客からの支持を得て大きな話題を呼びました。
男性、女性という枠組みから離れて、「性別はないです」と自分のことを表現している漠さん。そこには、すでにある考え方の枠組みに自分を無理やり押し込めなくとも、あいまいな自分をそのまま肯定できる強さがあるように思えます。様々な決めつけや偏見とも時に向き合いながら、自分の道を選んで進んできた漠さんの胸中には、今どのような想いがあるのでしょうか。また、自身の性別やジェンダーについて思い悩んでいる人へのメッセージも聞きました。
「私の場合は、自分でメイクをしたり、人より変わっていたいという気持ちが昔からありました。だから『変わってるね』と言われることは嫌ではなくて、でも私の存在自体を否定されるのは嫌で、そこに大きな違いがありました。そういう意味で、ジェンダーが曖昧な中で生きているのも、私にとっては居心地が悪いことではないんです。でも、もし同じような境遇で息苦しいと感じる人がいたら、おそらく周囲に否定されているんだと思うんです。私の場合は、奇跡的に母親が肯定的で、すごく自分の味方になってくれたことが、本当に幸運だったと思っています。もし身近な肉親に否定されていたら、それは本当に辛いですよね」
「私と同じような境遇で悩んでいる人に何か言えるとしたら、やっぱり、『本当は一人じゃないよ』ということだと思います。私もずっと自分が一人で孤独だと思い込んでたんですが、自分で作っていた心の壁を自分で取り払ってみると、意外と受け入れてくれる人がいたんです。心のシャッターを開けて内心を打ち明けたり、心を交わしてみたりすると、受け入れてくれる人が近くにいるかもしれない。それこそ、例えば学校の人間関係だけではなくて、社会や外国にだって、自分と同じような思いの人が実はたくさんいる。私だって、生まれ育った島だけがすべてじゃなかったことに気づいたし、できればそうやって考えてみて、未来に希望を持ってもらいたいです」
「私が今多くの人に考えてもらいたいと思っているのは、“認める心”です。何か変わった人やものを見た時に、違和感を持ったり心に壁を作ったりするのは仕方のないことだし、完全に相手を理解するのは難しいと思うんです。でも、理解できなくて心が追いつかなくても“認める”という行為ならできると私は思っていて、それは性別のことだけではなく、仕事や学校、好きなことの話でも同じだと思います。理解ができなくても、認め合う。それだけで私は和解と調和が生まれて、10年後にはもっと平和な未来が待っていると思っています」
ソーシャルネットワークや
アプリで表現する自分
仕事や日常の出来事について、感じたこと、伝えたいこと。漠さんにとってソーシャルネットワークは大切な表現とコミュニケーションの場です。では、タイプの違う複数のソーシャルネットワークをそれぞれどう活用しているのでしょうか。フィーリングによる使い分けや目的の違いまで、漠さんに聞きました。
「私の場合、メインで使っているのは『Instagram』で、理由としてはSNSの中では一番平和に感じられて気持ちがいいからです。写真がメインなので、シール帳のような感覚で自分が集めたいものを載せて、これが私だよっていうのが一目でわかるようにしています。『TikTok』にはショート動画を載せていますが、コメントでは少しきつい言葉が飛んできたりすることもあるので、あまり不用意なことを言わないように気をつけています。
『X』(旧Twitter)は、お仕事の報告をメインに使っています。私はポエムや歌詞のような言葉を書くのが好きで、以前はそういうものも『X』に投稿していたのですが、思った以上の反応を引き起こしてしまうこともあったので、今ではiPhoneの『メモ』に日記のように書き溜めるようにしています。そうやって言葉を書くことは高校生くらいから続けていて、心の中のモヤモヤを言葉に変えられると、すっきりします」
「最近は、『Dazz』というカメラアプリが好きです。昔のフィルムカメラやデジタルカメラみたいな画質の設定がいろいろ選択できて、おしゃれに撮影できるんです。実際に昔のカメラを持ち歩くのは不便なので、iPhoneでそういう写真が手軽に撮れるのは気に入っています」
「最近のスマホのカメラって、画質がすごく進化しているから、ちゃんとメイクをしたのに肌荒れが写ってしまって、こんなはずじゃなかった!みたいなことがあるんです。だから、顔が自動的にきれいになる効果やフィルターが付いているアプリが人気なのかな、と思います。画質は粗くても写っている人が誰なのかはわかるし、そういう写真のほうがいい意味でエモい感じになったりするので、私の世代の人は、そのちょうどいいバランスを探して使っている気がします」
メイクのこと、
俳優の仕事
現在では様々なメディアやSNSでその姿を目にする漠さんは、21歳の今も活動の幅を広げています。目標を定めて、自分の「好き」に向かって挑戦を続けることで次々に夢を実現していく姿勢は、見守る人にも希望を与えているようです。
「高校卒業後、芸能のお仕事をしながら2年間メイクの専門学校に通って、ハリウッド国際認定メイクアップアーティスト検定の1級を取りました。1級はパリコレなどのファッションショーでもメイクができるレベルで、例えば“この人を5歳若返らせた印象にする”みたいな難しいお題にも応えないといけない。メイクの工程はもちろん、施す相手の心にも寄り添うことが重要になってきます。
私は美しいものが大好きなので、人を美しくしたり、テクニック次第で自分自身もなりたい姿になれたりするメイクの世界に夢中になりました。メイクは、私が人と積極的に関わるようになれたきっかけでもあるんです。メイクを考える時のインスピレーションは様々ですが、『小红书』(シャオホンシュー)という、画像や動画をブックマークしてシェアできる中国のアプリを見て参考にすることもあります」
俳優の仕事は「自分が今までやってきた中で一番難しい仕事」なのだと漠さんは言います。でも、「だからこそ好きなんです」と力強く話す眼差しの先には、さらなる可能性への挑戦も見えています。
「ドラマなどのお仕事では、1か月や2か月も撮影期間があるのは普通なんですけど、最初は周りとの実力の差を感じて、心が折れそうになってしまって。でも、受け手として自分の体験に立ち返ってみると、私は気持ちが落ち込んだ時にドラマや映画などの作品を見て感動をもらって、自分をリセットしてもう一度頑張れる時が多かったんです。
お芝居で表現したものが、本物のように誰かの胸に刺さって、その人の人生を変えるかもしれない。そんな俳優さんたちの一部に自分もなっているんだと感じた時に、もっとプロ意識を持って向き合いたいと思えるようになりました。これまでは自分のようなジェンダーレスの役柄を頂くことが多かったのですが、一般的な男性の役や、世間から私が演じられると思われていないような役柄も挑戦してみたいです」
井手上漠さんが活用しているアプリ
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