‣ 会社名: Moon Creative Lab Inc.
‣ アプリのリリース日: 2020年5月
‣ 開発リーダー: 洪 貴花
‣ 開発チーム規模: 5名
音声コンテンツアプリ「VOOX(ブックス)」には、元陸上選手の為末大さんによる「限界をどう超えるか」、ビジネスデザイナーの濱口秀司さんの「仕事で最大のアウトプットを出すには」、そして社会学者・橋爪大三郎さんの「死ぬとはどういうことか」など、様々なテーマのコンテンツがそろっています。
書籍をベースとして著者自身が語り下ろした各コンテンツは、1話10分、全6話で構成され、気軽に新たな知識を得たり、深めたりできるように設計されています。
「時間が経っても色あせない、良質なコンテンツを届けることを信条として、一つひとつのエピソードを丁寧に企画、構成、編集したうえで、著者本人の声で配信することにこだわっています。本でもなく、オーディオブックでもない、『VOOX』独自のコンテンツフォーマットはデザイン界隈でも評価され、2021年にはグッドデザイン賞を受賞しました」
このように語るのは、リーダーとして「VOOX」の開発を主導するMoon Creative Labの洪 貴花(コウ キカ)さんです。洪さんが、どのような思いで「VOOX」を構想し、チームを組成し、コンテンツを生み出しているのか、話を伺いました。
「VOOX」が生まれた理由
洪さんは2012年に中国から来日し、三井物産に入社します。当時はまだ日本語が堪能ではなかったということもあって、葛藤したり、自信喪失したりすることも多かったそうです。そんな折、転機となったのは、尊敬する先輩から一冊の本をプレゼントされたことだと洪さんは振り返ります。それは、京セラ株式会社創業者で、名経営者としても名高い稲盛和夫さんの著書「生き方」でした。
「私は活字の本を読むのが苦手で読了はできなかったのですが、稲盛さんと深い対話をしたようで、たくさんの気づきを得て、落ち込んでいた時期を乗り越えられました。そこで、どうしたら私のような本を読むのが苦手な人でも、読書の楽しみを味わえるかを考えはじめました」
そして洪さんは、本の内容を著者自身が語り下ろした音声コンテンツを作ることを思い立ちます。
「日本ではナレーターが読み上げるオーディオブックが主流です。それでは、私が味わった著者と直接対話するような感覚は味わえない。実際、現在の『VOOX』ユーザーからは、著者本人の声だと、その人の感情や深みがより伝わるといった反響を多く受けています」
開発チーム作りに奔走
三井物産グループのベンチャースタジオであるMoon Creative Labに移籍した洪さんは、新たな音声コンテンツのプラットフォームを作るため、チーム作りに奔走します。しかし、それは簡単なことではなかったと洪さんは語ります。
「私は生まれも育ちも中国で、中国で英語と日本語を勉強しました。日本社会において、私は明らかにマイノリティです。『VOOX』を立ち上げた当初は、自分がリーダーでいいのかと何度も自問自答しました。日本語もまともに話せない自分に、果たして何ができるんだと自信を失った時期もありました」
メンバーの国籍や年齢は違えど、学びに対する情熱は同じであり、一心同体となって開発を進めています
洪 貴花さん
「しかし、いろんな方にアプローチしていく中で、中国人女性が旗を振って日本向けのサービスを作ろうとしていることに面白さを感じてくれた方もいて。メンバーの支えがあって、少しずつ自信がついてきたと実感しています。
開発メンバーには米国や中国籍の人がいたり、年齢も20代から50代まで多様です。国籍や年齢は違えど、学びに対する情熱は同じであり、一心同体となって開発を進めています」
深みのあるコンテンツの作り方
「宇宙に知的生命体はいるのか」「前例のない状況でどう意思決定するか」など、「VOOX」の音声コンテンツは、聞き手に問いかけ、しばし沈思黙考をうながすようなコンテンツが多いことが特徴です。そんな深みのあるコンテンツは、どのように生み出されているのでしょうか。
「私たちは、人が持つ可能性を信じ、人の可能性を探るために、答えのない問いを考えるためのコンテンツを提供することを目指しています。いつ役に立つかわからないけど、良い問いは、考え続ける習慣を育み、既定概念を揺さぶり、視野や世界を広げる推進力となってくれると思います。そのような“良い問い”から、『VOOX』のコンテンツ選定は始まります」
「問いが確定したら、今度は誰に語っていただくのが最適なのかを考えます。可能な限り、そのテーマ、その領域を代表できる方々に語っていただけるよう、元『ハーバード・ビジネス・レビュー』編集長が率いる専門チームを設けて、スピーカーの選定とキャスティングを行っています」
「また、“ながら聴き”でも操作しやすいように、シンプルなUI(ユーザーインターフェイス)と共に、ユーザーの知的好奇心を刺激するエディトリアルデザインを追求しています。 ビジネスモデルについては、月額性のサブスクリプションモデルを採用しています。扇情的なタイトルやサムネイルに頼らない良質なコンテンツを継続してプロデュースしていくためにも、ユーザーから価値があると認められることはとても大事だと考えています」
「VOOX」の未来図
コンテンツ数は400を超え(2023年3月現在)、ポッドキャストの聴取機能を導入するなど、学びのプラットフォームとして着実に進歩している「VOOX」。洪さんたちチームは、どのような未来図を描いているのでしょうか。
「『VOOX』のミッションは、10分でも、忙しい日常に学びの時間を取り入れる人を増やしていくことです。そのためには、現在の延長でコンテンツを拡充していきつつ、ビジネスパーソン以外の方々にも『VOOX』を広めていきたいです。加えて、哲学のような少し難しいテーマのコンテンツの比重も増やしたいです。ちょっと難しいテーマの話でも、何年も研究された方がわかりやすくコンパクトに語っていると理解が進みやすいし、信頼性もあると思います」
「私たち自身、日々学び、成長しています。これまでたくさんの困難と挫折がありましたが、それでも、ここまで続けてこられたのは、ユーザーの皆さまからのフィードバック、およびサービスを通じて学びの楽しさを広げていきたいという信念が支えてくれたからです。これからも、初心を忘れず、世の中に必要とされるサービスを作るべく尽力していきたいです」